大津水耕農場
滋賀県大津市 (画像を含め 大津市歴史博物館 より引用) |
 |
<以下、原文より一部引用>
米軍キャンプの水耕農園
登録番号:3125
撮影年代:昭和30年代
撮影地区:唐崎
大見出し:軍事・警察
中見出し:軍事
小見出し:キャンプA・B地区 |
滋賀海軍航空隊跡地の約54ha(現唐崎二丁目付近)が、昭和21年(1946)7月、アメリカ占領軍(進駐軍)専用の野菜を栽培する水耕農園となった(昭和32年1月業務停止)。写真は水耕農園の北側上空から南を望んだ望んだ航空写真。
<引用終わり・原文のまま> |
調布水耕農場
東京都調布市 (画像を含め 陸軍飛行第244戦隊 調布の空の勇士たち より引用) |
 |
<以下、原文より一部引用>
昭和32年当時の調布飛行場。左手の長方形部分が水耕農場。滑走路周囲に走る。
いくつものラインは飛行場本来の排水溝と道路、それに西武線からの引き込み線路。 |
| 昭和21年6月、調布飛行場西地区一帯に、水耕栽培の実用施設としては世界初となった調布水耕農場(米陸軍総合補給廠 糧食補給部第8002部隊)の建設が開始された。期を同じくして偵察飛行中隊は、整備工事が完了した入間川飛行場へ移駐し、調布飛行場は水耕農場の補助施設と化した。突貫工事の末、水耕農場は、同年12月には一部が稼働している。 |
調布水耕農場はその後も拡充を続けた。温室内での水耕栽培だけでなく、遊休化した旧飛行場の広大な用地を利用した土壌栽培も開始され、巣鴨拘置所に収監中の戦争犯罪人たちも農夫として多数が使役された。
その後、調布飛行場東地区には再び米陸軍飛行部隊が駐屯し、ヘリコプター、連絡機の基地として昭和35年まで使用された。
調布水耕農場は昭和36年、その役目を終えて閉鎖となり、跡地は「関東村」住宅施設として約12年間使用されている。
<引用終わり・原文のまま> |